キーワードは“育てる”
発行部数5万部を誇る北九州発 子育て情報誌「Donna-mamma」(ドンナ・マンマ)の創刊から11年。母子を取り巻く実態を自治体に届けるサポーターとして多くの北九州市委員も務める谷さんが2009年7月末、特定非営利活動法人 子育てシンクタンクを立ち上げた。NPOとしての活動予定とその原動力について伺いました。(以下敬称略)
NPO法人 子育てシンクタンク
株式会社プロフィット 取締役ディレクター
ドンナ・マンマ編集長
谷 美紀さん
インデックス
NPO法人 子育てシンクタンクについて
寿・子育て情報誌ドンナ・マンマ創刊11周年おめでとうございます!ご多忙な日々に加えて、新たにNPOを設立される動機をお教えください。
谷・ありがとうございます。
ドンナ・マンマは媒体の中でも頑なで、一般的な情報誌で当然のこともドンナ・マンマの発刊意義に反することは極力避けてきました。とはいえ、創刊時に「こうありたい」と目指したことのすべてを実現できているのではなく、削がれてきたことも多くあります。ご想像通り、削がれたテーマは特に達成が難しく、採算性も低い。採算を考えるとどうしても無理が生じる。『NPO法人 子育てシンクタンク』では、ドンナ・マンマ活動で手掛けられなかったことを実現させようと思っています。
寿・具体的には?
谷・例えば子どもたちの先輩である現役大学生の子どもの頃の環境調査。有名大学への入学は成功への近道かもしれないけれど、必ずしも幸せとは限らないこと。また、難関大学に挑戦する子どもたちは本当にガリ勉なのか等。私たち親の思い込みが、子どもたちの日常に直結する以上、理解しておきたいものです。こういった実際は行政でも把握しづらく、情報も多くない。また、一時的に不登校に陥っている子を”地域の子どもは自分の子ども”と同じ親同士が励まし支えあいながら解決していける土壌を育むことも含めて、もっとも末端で踏ん張る方々の活動をバックアップができたらいいなと思っています。
まずは「ドンナ・マンマ・プラス」という形でウェブサイトから始めようと思っています。現役のお母さんたちが毎日覗きたくなるサイトに育て、しっかりしたモラルの基、その中から自発的な活動が生まれたら理想的ですね。
「どうせ主婦のお遊び」か
寿・谷さんの活動は、母子を取り巻く実態全域を社会に届けるサポーターといった感があります。こういったナイーブな問題を自治体や企業に同意いただくには並々ならぬ努力があられるのでは?
谷・ドンナ・マンマ創刊以前、私自身が子育てをする中で必要な情報を手に入れるには自治体に問い合わせるしかありませんでした。福岡市発信の子育て誌はあるのに百万都市でなぜ無い、と。
北九州市を含む現スポンサー様には、趣旨をご理解頂けるまでコツコツ数年も通って築いてきました。広告営業中に「どうせ主婦のお遊び。三年も続かないでしょ。」と訪問した会社の社長に言われたこともあります。
寿・うあ・・・
谷・「なにくそ」と思いますよね。あれから11年。取材を重ねるにしたがって、当然多くの疑問が湧いきました。全てを解決することはできなくても、知る努力は惜しまずやってきました。「どうやら私は起業家向きではない。」と気づいて早7年、今年やっとNPOという形態を選択することにしました。非営利とはいえ資金やブレーンは不可欠です。これから新たな正念場が始まりますが、企業にも福利厚生の一つとして参画いただけるようにドンナ・マンマで培ったノウハウを活かした活動を展開していく予定です。
寿・その原動力を知りたいです。
谷・育った環境でしょうか?私の父は建設会社を経営していたのですが、出張先から身寄りのない方を連れて帰ってくることが何度かありました。ある日突然、「このおじちゃんが○○してくれるから」と、新たな家族として迎え入れなければならなかったのです。
寿・ぇぇ・・・
谷・食事もお正月も一緒。お葬式もキチンと挙げました。色々な事情を抱えて孤独な生活を選択せざるをえなかった見も知らない彼らは、住む場所と仕事を与えられ、期待しなかった収入を得られるようになって、次第に口数が増え、よく笑いよく話すように変わっていく過程を、子供心に「生きる意欲が湧いたのだな」と思っていました。彼らは故郷に帰ることなく最期まで父に忠誠を尽くしました。こういった一連の光景を、小学校低学年だった当時の私は「なぜそこまで」と考える間もなく、自然なこととして育ちました。父は仕事ではとても強い人。社会奉仕などとは無縁にみえる反面、社会的弱者に注ぐ心を持っていたのだと思います。
そのほかの父の教え「人からしてもらったら恩は3倍にして返せ」。でも事業として3倍返しばかりしていたら、いつまでたっても楽にはなりませんね(笑)。そして「人との約束を守ること」。すぐに理解してもらえなくても粘り強く人を信じる強さをもつこと。その例に、約束を破ったお返しはこうなるんだぞと、中1時代に門限の18時を1時間遅れたとき、帰ったら教科書から制服まで庭で焚き火をされました(笑)。こういった生活環境が私の仕事で”人生の先輩としての教え”として根底にあるのでしょう。
寿・ちなみに最大で何人?
谷・4人、50歳を過ぎた方々ばかり。でも、みな穏やかで良い方々でした。父に人を見る目があったのかな?
北九州でもっともダメな母親?
11年のジレンマ
谷・創刊から5年間、実はドンナ・マンマ編集長としての理想と現実のギャップに潰されそうな毎日で重いジレンマを抱えていました。
仕事と育児と家事の両立に苦しみ、そうでなくても意地っ張りの頑固者プラス不器用という性格も加わって、日曜まで仕事に出かけなければならない自分と母不在で心許なかっただろう幼い息子を考えると、ドンドン落ち込んでいった。
払拭のきっかけは、料理研究家の山際先生の一言「北九州で最もダメな母親だとカミングアウトしなさい」。
ちょうど翌日、新聞社の取材が入っていたので告白しました。今では”ダメ母にはしっかりした子が育つ”という持論を持ち、程よい加減で息子とも付き合えるようになりました。
そんな体験談を雇用促進事業団(現・独立行政法人 雇用・能力開発機構)の講演で九州各地を周ったときにも話したのですが、同じ悩みを抱えている方は多かったらしく、泣いて帰られた方もおられました。
寿・ワーキングマザー推奨?
谷・一人の女性として奨めます。仕事は持ったほうがいい。でも、お母さんとしてはどうでしょうか?子供にとってどうなのかは将来、私の息子がジャッジしてくれると思います。
本当の優しさって何?
過保護にしない苦しさ
寿・谷さんご自身の子育てスタンスをお教えください。
谷・先日、息子が塾に通いたいと言い始めました。「あなたに塾が必要なら、自分の足で体験学習に行って、お母さんにその必要性をプレゼンしなさい。塾に行かないのが不安なだけだったら、今のあなたには必要ない。一人でやり切るって信じているよ」と、フォローかプレッシャーか分からないコメントをしました。恐らく息子にとって両親は最も高いハードル。でも、それを乗り越えて説得できたなら社会に出ても簡単には折れないでしょう。息子からも「塾にいくのにプレゼンする子どもなんてボクの周りにはいないよ」となるほどの回答が届きました。本当なら「そう、行きたいの。行っていいよ」が一番簡単、何より楽。でもグッと我慢です。周囲から見たら「冷たい母親」「放任」「あとでしっぺ返しがくるよ」など色々言われてきました。私から見ると「いつまでも・あると思うな・親と金」。「自分で判断して動く力をつけてあげること」「乗り越える力を育てること」、それが私の息子に対する一番の愛情、親としての最大の優しさだと思っています。だからこそ、地頭を育てていく立場である私自身も「自分の頭で考える力」を鍛えなくちゃね。
寿・大人が肝心?
谷・昨年の夏休み、市政45周年記念の市民劇団に息子のリクエストで応募しました。そこで彼は居住区も年齢も違う友達や見知らぬ大人たちと過ごし、たった数ヶ月で物の考え方・人との接し方を身につけ自分の頭で考えられる人間に成長した。一人では乗り越えきれない壁を前に、周囲の大人たちに助けられ、叱られ、励まされ、多くを吸収して見違えるように進化しました。「どうしよう」と思うほど嬉しい出来事でした。本当に感謝しています。これは母親一人ではさせえない貴重な体験。こういった背景もあって、これからは私たち大人自身が「自分の頭で考え、行動できる力を身につけること」そういった活動を”子育てシンクタンク”がサポートできればと思っています。
ドンナ・マンマは小学校就学まで、ドンナ・マンマ・プラスは小学校就学~大学までをターゲットとして、北九州でも地道に活動されているNPO法人 子ども文化コミュニティと連携しながら活動を展開していきたいと考えています。
北九州ファッション協会について
谷・入会後すぐ目にした「流布クッション」は本当に素敵でした。洋服のはぎれを利用したクッション製作です。個人的には「小倉織」などの伝統技能も合わせて、北九州ならではの活動をファッション協会が先人を切って実施してほしい。また、北部九州の財界人に「北九州ファッション協会には入っておかなければ」と言われるだけの社交場、動く団体を意識的に目指すべき。そして今、若いメンバーが増えてきていますよね。彼らのビジネスの発展に繋がればベスト。何よりも、ものづくりの土壌がもつ「学校に行かなくてもできる人はできる」才能を引っ張ってあげられる仕組みでありたい。キーワードはやはり「育てる」ですね。
─ありがとうございました。
ドンナ・マンマとNPO法人 子育てシンクタンクの発展を楽しみにしています。
[谷 美紀さん Profile]
1964年、静岡県富士市生まれ。武蔵野美術短期大学卒業。雑誌の取材・編集を担当していた広告代理店を出産およびミラノ転勤を機に退職。帰国後、フリーランスとしてヴェントデザイン設立。1997年12月、スタッフとともに「Donna-Mamma」創刊。
1999年~現在 九州電力『みんなのエッセイ』選考委員
2000年 北九州市保健福祉局「保育のための懇話会」委員
2001年 ジャパンエキスポ北九州博覧際2001市民パビリオン実行委員会広報委員。環境大臣会議市民プロジェクト実行委員
2001年 北九州市教育委員会『教育改革アドバイザー会議』委員
2003年 ヴェントデザインを株式会社プロフィットに改組
2003年 『幼稚園へ行こう本』創刊
2003年 「子どもとハートフルライフプロジェクト」参画。お母さんが創る家『ドンナ・マンマの家』および『オープンカフェ付託児所』に関わり、2004年冬に完成
2005年 ドンナ・マンマのフリーペーパー化、発行部数50,000部
2006年 ドンナマンマ・カフェ2号店となる託児所付カフェ「チャイカフェ」をリバーウォーク北九州 大学棟『西部ガスリビングhinata』1階にオープン
2006年12月~現在 北九州イベントスタッフ協会と共同事業体を組み、「子ども未来ネットワーク」参画、北九州市立子育てふれあい交流プラザの指定管理を受託
『北九州市児童福祉施設等第三者評価委員会』評価決定部会委員
『子どもの未来をひらく教育改革会議』委員
『北九州市住生活基本計画審議会』委員
『北九州市基本構想を考える市民会議』副部会長
『北九州市基本構想審議会』委員
■カメラ:北九州商工会議所 商業観光課 三好 伸広
■聞き手・文責:寿 桜子
![k-fa.org[ケイファ.オルグ]北九州ファッション協会](http://k-fa.org/wp/wp-content/themes/kfa/images/rogo2.gif)





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